ゲームと映画大好き!
わにやまさん(@waniwani75)です。
今回はPS4/PSVITA『ニューダンガンロンパV3 みんなのコロシアイ新学期』が影響を受けているという映画『トゥルーマン・ショー』の感想だったり、V3との比較をしてみたいと思います。
タイトルを伏字にしたのは、V3未プレイで『トゥルーマン・ショー』を知っている方にネタバレしないための配慮でした。
見づらかったらごめんなさい。
『ニューダンガンロンパV3 みんなのコロシアイ新学期』のネタバレを含みます。
閲覧の際は、ご注意ください。
トゥルーマン・ショー
まずは映画の『トゥルーマン・ショー』の感想を書いていきますね!
もし、映画未見で、「自分の目で確かめたい!」という方は、go back!でお願いします。
簡単なあらすじ
ごくごく普通の日常を送る「トゥルーマン」は、保険商社に勤める既婚者。
しかし彼はひょんなことから、自分の人生が誰かによって演出されていることに気付きます。
街も人も全てが”作り物”。
トゥルーマンは、作られた世界から脱出できるのか?
冒頭はトゥルーマンの日常が描かれるんですが、98年映画という古さだけが悪目立ちしている感じでした。
ごくごく普通の中年男性が、朝起きて、支度して、ご近所さんと話をして、仕事して帰ってくる。
この繰り返しですからね。
と、斜に構えながら見てたわけですが、後でこの日常描写が効いてくるわけですね。
一気に話を進めますが、あることをきっかけにトゥルーマンは自らの日常に違和感を感じ始めます。
その違和感とは、周りの人間がエキストラであるということ。
違和感の真偽を確かめるために、エキストラと思われる人物に恐る恐る、蹴りをいれてみるトゥルーマン。
結果は…、無反応。
普通なら「いきなり何すんだ、テメー!」って怒られるところのはず。
そう、エキストラである彼らは脚本にないことはできないようになっているんですね。
さらに確信が欲しいトゥルーマンは、普段取らない行動を次々に取っていくことで、エキストラと製作陣を振り回します。
トゥルーマンの行動範囲外にエキストラが配置されていないので、エキストラは慌てて大移動。
そしてトゥルーマンは確信するわけです。
と。
町からの脱出を試みるトゥルーマンですが、あの手この手で妨害され続けます。
海外行きのチケットは1ヶ月先まで取れず、
バスで出ようと試みれば故障で動かず、
自家用車を使おうと思えば、目の前で渋滞が”作られる”。
これは映像としても見事でしたね!
ようやく渋滞を抜けたと思ったら、原発の放射能漏れで退避を命じられる。
そこまでやるか!?
ってほどに邪魔され続けるわけです。
トゥルーマンは何者かによって作り上げられたこの世界から、どうやっても逃げ出すことができません。
フィクション世界からの脱出
さて、ここまではトゥルーマン視点で物語が進んできたわけですが、いよいよネタバラシ。
ここからは「トゥルーマン・ショー」というテレビ番組を見ている視聴者と製作者視点で物語が進んでいきます。
実は、トゥルーマンの住んでいる町が丸ごとテレビのセット。
ドーム状に覆われ、隔離された架空の世界。
空も偽物、天候も自由自在。
すごすぎやん…!
トゥルーマンの行動は24時間生配信され、彼と接触するすべての人々の行動や会話はすべて演出からの指示通り。
妻や親友の言葉さえも。すべて。
劇中で妻が何気なく言っていた、「こんな商品を買ったんだけど、すごく便利!」というセリフ。
これが実はテレビ広告。
生まれた瞬間から、トゥルーマンの世界は全てがフィクション。
周囲は完全エキストラだけど、トゥルーマンだけはこの世界を本物だと信じきっている。
そんな彼が見せる本物の反応が、視聴者を楽しませているということなんですね。
で、どこに物語が着地するかというと、カメラで監視されているという状況を逆手にとってトゥルーマンは偽装工作をし、カメラの前から忽然と消えます。
主役であるトゥルーマンがいなくなったのだから、プロデューサーも視聴者も大騒ぎ。
町にいるエキストラを総動員して探すも、行方は分からず…。
視聴者視点で物語が進んでいますから、見ている方もトゥルーマンに「やられた!」という気持ちになるわけです。
でも、応援してしまう。
「頑張れ!この世界から逃げろ!」
と。
過去のトラウマにより、海に出られないはずのトゥルーマンですが、船で世界の端を目指します。
町に設置された大量のカメラによっていよいよ製作陣に発見され、悪天候を振りかけられるも、死を覚悟で漕ぎ出したトゥルーマンは船を進め続ける。
がんばれ!トゥルーマン!
がんばれ!トゥルーマン!
そしてついに船の先が”何か”にぶつかる。
世界の端っこ。
架空の空が描かれた巨大な壁。
壁に頰をすり寄せ、笑いと涙がこみ上げるトゥルーマン。
ブワァァァァ!!
って、鳥肌ですよ!
そしてついに「EXIT(出口)」と書かれた扉を発見する。
プロデューサーに「この世界にいれば、君は安全だ」と引き止められるが、彼の決意は揺るがない。
全世界が生中継で見守る中、彼は外の世界へと足を踏み出す。
大歓声!
大感動!
めちゃくちゃ面白いじゃんか!
『トゥルーマン・ショー』!
ダンガンロンパV3との比較
で終わったら、しばかれますね。笑
さて、ダンガンロンパと絡めた話をしましょうか。
ご存知の通り、ダンガンロンパV3って賛否両論あるそうです。
ダンガンロンパの、
というびっくりシナリオが裏目に出たような気はしますね。
例えば、「トゥルーマン・ショー」では、自分の世界がフィクションだと気づくのは中盤あたり。
物語の核は、
にあります。
しかし、ダンガンロンパの場合は、最後の最後、”オチ”としてフィクションという設定が明かされる。
いきなり顔面殴られたような感覚に襲われるはずです。
どういうこと?
頭が混乱するはずです。
そして、物語の終わらせ方。
ここにも違いがあります。
「トゥルーマン・ショー」では、製作陣のみを出し抜きます。
観客はそんな彼を応援し、最後に彼が脱出を成功させた時は大歓声。
素晴らしい大団円を迎えるわけです。
と、拍手喝采で気持ちよく終われます。
対して「ダンガンロンパV3」。
こちらは製作陣だけではなく、観客も丸ごと”がっかり”させることでダンガンロンパというシリーズを終わらせます。
「見たい!」と思う人間がいるからデスゲームが続く。
だから、本当の意味でデスゲームに終止符を打つためには、観客を冷めさせなければいけない。
ダンガンロンパを楽しんでいる観客というのは、つまりゲームをプレイしているプレイヤーも含まれるわけですから、わたしたちが”がっかり”しないとゲームは終わらない。
わたしたちは、”がっかり”することによってようやくエンディングを迎えられるのです。
だから、「ダンガンロンパV3」に対する賛否の” 否 ”、実はこれもゴールの一つじゃないか?って気がしてくるわけですね。
物語全体としては、「トゥルーマン・ショー」の方がわたしは好きです。
ただ、ダンガンロンパって邪道の邪道ですもんね。
だから、一点の曇りもないラストっていうのも似合わないと思いました。
V3の終わらせ方がベストだったかと言われるとわからないけど、”濁り”を残すという意味ではとてもダンガンロンパらしい結末と言えるかもしれません。
まとめ
『ニューダンガンロンパV3 みんなのコロシアイ新学期』が影響を受けたとされる映画『トゥルーマン・ショー』を鑑賞しての感想を書いてみました。
V3が好きな方も嫌いな方も、興味があればぜひ見てみてください。
とても面白いです。